古い怪奇小説の一頁だけ、インクが薄くて読めない箇所があった。律さんに見せたら、眼鏡を上げて紙質だの版の違いだの、急に説明が長くなった。要するに印刷のかすれ。でも、その一行が何だったのか考えるほうが、書いてある結末より面白い。隣にいた方へ見せたら、「消された名前かな」って、楽しそうに声を潜めた。
だから候補を三つ、紙片に書いて本へ挟んだ。呪いの名前、逃げた人の名前、それから読んでいる本人の名前。最後のは性格が悪いって言われたけど、笑ってたから問題ないでしょ。律さんには勝手な補筆は禁止って紙片を抜かれた。……はいはい、原文尊重ね。でも今夜、一番怖かった一行は、たぶん誰の本にも残ってない。……残念でした。
