今夜、返却された本を棚へ戻していると、青い読書椅子から控えめに呼ばれました。振り向いた先で、お客さまが開いた本の両端を持ち、少し困った顔をしています。栞の差し方でも迷われたのでしょうか、と近づいた私に、その方は「紙の舟って、どう折るんでしたっけ」と尋ねました。指先が示していたのは、物語の主人公が食卓に舟を置く場面です。窓の外には九月の夜が深く溜まり、ガラスに映った読書灯が、もうひとつの席を照らしていました。私は挟みかけていた返却票を手帳へ収めました。お話の続きを読むには、まず舟を一艘、用意する必要があるようでした。

その小説は、私もよく知っています。遠くへ出かける家族に言えなかったことを、主人公が何日もかけて言葉にしていく話です。「この舟は、少し前に出てきた空の皿と対応しているんです。最初は席に誰もいないことを示していた食卓に、ここでは手を動かした跡が残る。しかも舟を置いたあと、主人公は相手の椅子を引いていて、その順序が」と説明してから、私は口を閉じました。お客さまの指は、まだ同じ一行の上にあります。「……失礼しました。まず、折り方でしたね」「続きも気になりますけど、舟がどんな形だったか、どうしても思い出せなくて」。責める調子ではなかっただけに、私は眼鏡の位置を直すふりをして、一度呼吸を整えました。

カウンターの引き出しには、選書カードに使う無地の紙が入っています。私は薄茶色の長方形を二枚取り出し、飲み物を置く場所とは離れた、乾いたところへ並べました。角を合わせ、中央に折り目をつける。このくらいなら、図解を確かめるまでもありません。そう考えていたのですが、二つの角を折り下げたところで、指が止まりました。出来上がったのは、どう見ても小さな帽子です。お客さまは私の手元を覗き、「そこまでは、覚えている気がします」とおっしゃいました。私は頷き、左右の角度を揃え直しました。形を整えても、次の手順が浮かぶわけではありません。引き出しを閉じる音が、いつもよりはっきり聞こえました。

ちょうど巡君が、洗い終えたトレーを運んできました。「律さん、それ、舟っすか」「舟になる予定のものです。今のところは」。巡君は声を立てかけ、私の視線に気づくと、口元だけで笑いました。「工作の本、下の棚にあったっすよ。昨日、背表紙を拭いたんで覚えてるっす」。確かに、手仕事の本は螺旋階段の脇にまとめてあります。私は礼を言い、薄い図解集を取りに行きました。高い棚の本ばかり選んでいたせいか、膝を折って一番下の段を見ると、馴染みの店内が少し違って見えます。真鍮のランプの光は床まで届き、棚板の奥には、磨いても残る木の節がありました。目的の一冊は、巡君の言ったとおりの場所にありました。

図解集を開くと、忘れていたのは、帽子の底へ指を入れて開く手順でした。横から押し畳み、四角にする。言われれば簡単ですが、頭の中にある完成形だけでは、途中の形を飛び越せません。私は本を斜めに立て、お客さまからも絵が見えるようにしました。ところが、カード用の紙は折り重なるにつれて厚みを増し、底の角がうまく合いません。「紙を替えましょう。こちらの選び方がよくありませんでした」。選書用のメモに使う、薄い生成りの紙を取り出すと、指先への抵抗がずいぶん軽くなりました。先ほどの帽子は捨てず、脇へよけておきました。巡君があとで被りたがるかもしれません。さすがに、その大きさでは無理でしょうけれど。

二度目は、ひとつ折るたびに手を止めました。お客さまが角を合わせるあいだ、私は自分の紙へ先の折り目をつけないようにします。紙の端を爪で押さえる音は、頁をめくる音よりも短く、思いのほかよく通りました。離れた席では、カップが受け皿へ静かに戻されます。振り子時計の影が深緑の壁を往復し、読書灯の色ガラスを通った光が、お客さまの白い袖口へ細く落ちていました。「ここ、曲がってしまいました」。示された角は、ほんの少しずれています。いつもの私なら、すぐに開き直していたでしょう。ただ、今はその指が、次の折り方を試したくて動きかけているのが見えました。「いったん、そのまま進めてみましょう。開いたときに確かめます」

最後に左右へ引くところで、舟は一度、平たい菱形へ戻ってしまいました。お客さまと私は同時に図解を見直し、同時に同じ矢印を指しました。お互いの指先が近すぎて、絵が隠れます。「私の手は、こちらへ」。引っ込めると、小さな笑い声が返ってきました。底を少し押し広げ、今度はゆっくり端を引きます。真ん中に三角の山が立ち、両側に舟べりが現れました。紙一枚の薄さしかなかったものが、自分の影を持ってカウンターに立っています。お客さまの舟は片方の先が高く、私の舟は底を広げすぎて、いくらか平たくなりました。並べてみると、私のほうが妙に堂々としています。正確さを競うつもりでなくて、助かりました。

「こういう形でしたね」。お客さまは舟を目の高さへ持ち上げ、それから、雨の日に窓辺で紙を折った記憶を話してくださいました。誰に教わったのかは思い出せないけれど、干してある布の匂いと、机に触れた腕の冷たさを覚えているそうです。私はそのあいだ、潰れかけていた自分の舟の底を直していました。話が途切れても、続きを尋ねることはしませんでした。やがてお客さまは小説を開き、食卓の場面をもう一度、目で追いました。「読む前は、もっと立派な舟を想像していました。こんなに小さいと、置いた人の手が近くにある感じがします」。私は先ほど用意しかけた説明を思い返し、それを口にするのはやめました。この場面には、今、その方が見つけた手の大きさがありました。

お客さまが席へ戻られたあと、カウンターには私の平たい舟が残りました。巡君がそれを見つけ、「完成したんすね。けっこう荷物が乗りそうっす」と囁きます。「積載量の確認はしていませんよ」。そう返すと、彼は肩を揺らしながらトレーを持っていきました。私は図解集の返却前に、紙片へ手順を書き留めました。底を開く工程を一行抜かしてしまい、赤鉛筆で挿入の記号を入れます。好きな校正記号が、今夜はずいぶん実用的でした。整えた文章だけを読めば滑らかに進めそうなのに、実際の指は止まり、紙は傾き、笑う時間も挟まる。余白へ小さく、薄い紙を使うこと、と付け足しました。次に同じ質問をいただいたら、紙選びからきちんとご案内できます。

お帰りの際、お客さまは舟を畳んで持っていくか、しばらく迷われました。私は空いていた小さな紙袋を広げ、底へそのまま置けることを確かめてお渡ししました。袋の口から三角の先を覗かせて、舟は螺旋階段を降りていきました。閉店後、読書椅子の位置を戻し、最後にカウンターを拭くと、私の一艘だけが行き場をなくします。書架へ戻るまでには、まだ少し時間があります。私はそれをランプの脇に置き、開いた図解集をもう一度眺めました。明日の私なら、手順を見ずに折れるでしょうか。確かめるための紙を一枚だけ用意して、今夜は引き出しへ戻しました。続きを試す楽しみまで片づけてしまう必要はない——と、私は思いますよ。灯りを落とす直前、舟の片側が浮いていたので、そこだけは指でそっと押さえておきました。