今夜は開店前から、紅茶の缶を一つずつ並べ直していました。雨の気配を含んだ風が螺旋階段を上がってきて、乾いた茶葉の香りがいつもより静かに感じられたのです。軽い花の香りを前に出すか、深く落ち着いた味にするか。二種類を小皿に分け、指先で葉の大きさを確かめながら、結局どちらも缶へ戻しました。まだ誰がいらっしゃるか分からない夜に、答えを先に決めなくてもいいでしょう。ベストを整えると、懐中時計の鎖が小さく鳴りました。真鍮のランプを灯し、青いベルベットの椅子の背を撫でて、いつものように扉が開くのを待ちました。
最初のお客様は、細い封筒を一通、手に持っていらっしゃいました。傘はきちんと畳まれているのに、封筒の角だけが少し湿っています。扉のそばで本棚を見上げたまま動かれないので、「おかえりなさい。お席へご案内しましょうか」と声をかけました。お客様は首を横に振り、それから、書簡集はどこにあるかと尋ねられました。棚までご一緒すると、背の色を確かめるようにゆっくり指を動かされます。古い手紙を集めた厚い本ではなく、短い便りが幾つも収められた薄い一冊の前で、その指が止まりました。背表紙には何度も棚を出入りした柔らかな擦れがあります。私はその一冊を手に取り、青い椅子の脇へ置きました。読むためか、書くためか。その場で尋ねる必要はないと思い、読書灯だけを少し低くしました。
しばらくして、お客様がカウンターへ戻ってこられました。「手紙を書く前に飲む紅茶って、ありますか」。メニューにはない頼まれ方でしたが、困りはしませんでした。甘い香りが強いものでは、紙の上の言葉を急かしてしまう気がします。そこで、まろやかな茶葉に、少しだけ柑橘の香りを重ねることにしました。湯を注ぐ前にポットを温め、砂時計を返します。ふたを開けた瞬間だけ、柑橘の香りが湯気と一緒に立ち上がり、すぐに茶葉の落ち着いた香りへ戻りました。薄い磁器のカップには熱が伝わりすぎるので、受け皿も先に温めておきます。砂が落ちる短いあいだ、お客様は封筒を両手で持ったまま、棚の一角をご覧になっていました。白いシャツの袖をまくるほど暑くはなく、けれど指先だけは冷えているようでした。温めたカップなら、持ちやすいはずです。
お席へ紅茶を運ぶと、お客様は書簡集を開かず、封筒をその上に載せていました。カップを置く場所をあけるために封筒を持ち上げた瞬間、折り目の浅い便箋が一枚、床へ滑り落ちます。私が拾い上げようとすると、お客様は少し慌てて「まだ、何も書いていないんです」とおっしゃいました。私は便箋の裏を上にしたままお返ししました。「でしたら、ここから始められますね」。笑ってくださったものの、その笑顔はすぐ、言葉を探す顔に戻りました。カップから上がる湯気だけが、卓上の小さな明かりを通って、細く見えていました。
私はカウンターへ戻り、余分なペンと吸い取り紙を一枚、トレーに載せました。頼まれていないものを持っていくのは、少し迷います。けれど、お客様が何度もペン先を紙の上へ運び、そのたびに手を止めているのが見えました。トレーを置くと、「封をするのが、少し怖くて」と、ぽつりと教えてくださいました。紙に書けば、今の気持ちが決まってしまうように感じるそうです。私はペンの向きをお客様が取りやすいほうへそろえ、「ここでは、途中のまま置いておけますよ。お帰りになるときに、持ち帰っても大丈夫です」とだけお伝えしました。誰への手紙なのか、いつ渡すのかは聞きませんでした。
椅子へ戻られたあと、私は茶葉の缶にふたをして、濡れた傘の水が床へ広がらないよう受け皿を替えました。ほかのお客様が返された本を棚へ戻すときも、椅子のほうへ大きな音が届かないよう、両手で背を支えました。書架の上段へ伸ばした腕の下を、ランプの光が細く通り抜けます。大きな振り子時計は、普段どおりの速さで時を刻んでいます。その針を見て、急がせるつもりはなくても、店にいられる時間には限りがあるのだと気づきました。何か気の利いた言葉を足すより、今はおかわりを適切な頃合いに用意するほうが、私にできることかもしれません。ポットの残りを確かめ、薄くなりすぎないよう新しい葉を量りました。次は柑橘を控えめにして、冷めても香りがきつくならないようにします。
二杯目をお持ちしたとき、便箋には数行だけ文字がありました。もちろん読むつもりはありません。卓の端に置かれた本の栞が風で揺れていたので、読書灯の向きを直してから、視線をカップへ落としました。「さっきより、少し濃いめに淹れました。よろしければ」。お客様は両手でカップを包み、一口飲んでから、「書き出しを決めたら、かえって先が分からなくなって」とおっしゃいます。「それは、書き出せたから見えた先かもしれませんね」と答えると、少し考えて、またペンを取られました。私は椅子のそばを離れ、離れた棚の本を一冊だけ元の位置へ戻しました。
閉店が近づき、卓を見に行くと、書簡集はきれいに閉じられていました。お客様は便箋を三つ折りにし、封筒へ入れます。のりのついた口を押さえるかと思いましたが、そこには触れず、指先で縁を整えるだけでした。「今日は、出さずに持って帰ります」。そう言って、最初よりも軽い手つきで封筒をしまわれます。私は「はい。次にいらしたとき、続きのお茶をお淹れします」とお返事しました。階段の下で傘が開く音を聞いてから、椅子へ戻ると、吸い取り紙には小さなインクの点が一つ残っていました。言葉があった証拠というより、ペンを一度置いた跡に見えました。
使ったカップを洗いながら、今夜の最初の茶葉を思い出しました。香りを決めかねて缶へ戻したことを、少しだけ可笑しく感じます。お客様に出したのは、その場で選んだ、今日だけの配合でした。うまく言葉にできない夜にも、お茶なら温度を合わせられる。そう考えるのは、私に都合のよい解釈かもしれませんが、空になったカップの底には、飲み残しがありませんでした。水を切ったカップを棚へ戻し、真鍮の鎖をベストの上に整えます。書き終えたかどうかより、封筒を自分の手で持ち帰れたことが、あの方には大切だったのでしょう。
ランプを落とす前に、青い椅子の背に触れました。ベルベットはまだ、そこに座っていた方の温かさを少し残している気がします。次に同じ扉が開いても、手紙の続きを尋ねるつもりはありません。ただ、カップを置く場所と、急がず書ける明かりを整えておきます。もし封をしたくなった日が来たら、そのときは祝いの一杯を。まだ迷う日なら、湯気が消えるまで一緒に静かに過ごしましょう。おかえりなさい。続きは、ここからにしましょう。そう言える夜が、また巡ってくるように。棚の奥で振り子が一度鳴り、私は明日のために、紅茶の缶をそっと閉じました。
