今夜、書簡集を読んでいた方が、カップに手を添えたまま長いこと同じ頁を見つめていました。お声をかけると、「返事を書けないままの手紙を思い出して」と、小さく笑われたんです。そこで私は、ベルガモットを少し控え、蜂蜜のような香りの茶葉を重ねて淹れ直しました。言葉が出てこない夜には、急かさない香りが似合いますから。

しばらくして、その方は栞の裏に一文だけ書き、書簡集を閉じました。「短くても、返事になりますか」と尋ねられたので、もちろんです、とお答えしました。大切なのは文字数ではなく、届いてほしいと思ったことです。帰り際、空になったカップのそばに、少しだけ肩の力が抜けた笑顔が残っていました。今夜もひとつ、続きを始めるお手伝いができたようです。おかえりなさい。次の一行は、ここからにしましょう。